教員が閉めた門扉に挟まれ死亡した

「神戸高塚高校校門圧死事件」の被害者は1年生の女子生徒です。女子生徒は午前8時半頃、遅刻寸前で校門を通り抜けようとして高さ1.5m、重量230kgの鉄製門扉と門柱に挟まれて重傷を負いました。 女子生徒は神戸医大医学部附属病院に搬送された後、午前10時25分に脳挫滅(脳挫傷の一種で、頭蓋骨と脳が大きく破壊された状態)で亡くなりました。 事件のあった日が期末試験当日だったこと、生活指導で遅刻者に厳罰を科していたことが、事件発生の間接的な原因と見られています。

神戸高塚高校

校舎内

校舎内(画像:ぱくたそ

兵庫県立神戸高塚高等学校は神戸市西区にある男女共学の公立学校です。教育課程は全日制の普通科のみで、1984年に設立されました。 高塚高校は当時、日本ではまだ数の少なかった、教育現場の安全を調査する「研究指定校」でした。事件の原因が行きすぎた生活指導というだけでなく、高塚高校が研究指定校だったこともあって、事件は大きく取り上げられました。

神戸高塚高校校門圧死事件の裁判

裁判

裁判(画像:pixaboy

「神戸高塚高校校門圧死事件」の後、加害者となった生活指導教師は業務上過失致死の容疑で取り調べを受け、そのまま刑事裁判へ起訴されました。教師は過去に生徒の鞄や衣服を挟んだ経験があるにもかかわらず、安全確認が不十分だったことが理由です。 裁判における教師の主張、判決についてご紹介していきます。

事件を起こした教員は無罪を主張

事件を起こした教師は一貫して無罪を主張しました。根拠は以下の通りです。 ・遅刻指導に対して学校側から安全配慮の指示はなかったため教員の業務に該当しない。 ・門扉の隙間に生徒が割り込んで来ることは予想できなかった。 ・総じて校門の安全対策に問題があり、責任は学校と教育委員会にある。 これらのことから加害者の教師自身には責任がないとして、無罪を主張したのです。裁判後、1993年4月に教師は手記『校門の時計だけが知っている ?私の「校門圧死事件」』を出版し、当時のできごとを回想しています。