アナタハンの女王事件の概要

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この事件はサイパン島から約150㎞離れた、アナタハン島という孤島で起こりました。1944年6月にヤシ農園を経営していた日本人とその部下の妻がいたアナタハン島に、陸海軍の軍人31人が流れ着いたのが始まりです。そして、1人の女性を巡って争いが起こります。 ここでは歴史的背景をもとに事件の概要について、詳述します。

アナタハン島にて男性32人と女性1人が孤島に取り残されていた

第二次世界大戦末期、マリアナ諸島にあるアナタハン島では年額100トンのコプラを産出する目的で国策企業・南洋興発がヤシ農園を経営していました。しかし参戦したアメリカがサイパン陥落を目指しており、アナタハン島にも戦火が広がります。 当時はアナタハン島には南洋興発の社員とその部下夫妻、そして原住民70人ほどが暮らしていました。南洋興発の男性社員1名が島を出た時には陸軍の兵士がすでにおり、そこに沈没した徴用船から逃げ出した海軍兵士が加わります。 その後アメリカ兵がアナタハン島に上陸し、原住民を全員連れ去ってしまいます。その結果、アナタハン島には32人の男性と1人の女性が取り残されます。

孤島では物資や食料が不足している状態だった

アナタハン島は東西が約12㎞、南北はわずか4㎞という火山島でした。そのため平地がほとんどなく、食料は輸送に頼っていました。 しかしサイパンでの攻防が激しくなったことで、アナタハン島に物資が届かなくなります。島の食料を食べ尽くしてしまうと、残された33人はコウモリやトカゲを獲って食べたようです。 やがてイモを自作するようになりますが、慢性的に物資や食料が不足する状態が続いていました。