足利事件の経緯

足利事件は菅家さんの誤認逮捕から再審の判決公判まで、17年もの年月が流れています。初めから、裁判の行方も納得のいくものとは言い難く、菅家さんが犯人だと決めつけるような点が多々みられました。 そして菅家さんは冤罪であるとの判決が下った時には公訴時効を迎えてしまったために、結局真犯人はわからないままになっています。

DNAが一致したことで菅家利和さんが逮捕された

菅家利和さんが誤認逮捕された理由は、被害者である女児に付着していた体液のDNAと一致したことでした。 「不審者はルパンに似た男だった」という目撃証言に基づいた捜査を数か月で打ち切った栃木県警は、「独身かつ子ども好きの男性」というプロファイリングに合致する人物をピックアップしていました。その中に菅谷さんがいたのです。 科捜研が「犯人と菅家さんのDNAの型が一致した」という鑑定書をまとめたことから任意同行し、菅家さんから自白を引き出して逮捕に踏み切ったのです。

2000年に無期懲役が確定した

1992年に始まった第一審が第6回公判を迎えた日、菅家さんは初めて無罪を主張します。しかしその訴えが認められることはなく、1993年7月に無期懲役判決が下されました。 菅家さんが控訴したことで1994年から始まった控訴審においても、捜査上の矛盾が次々と明るみになったにも関わらず公訴棄却の判決が下ります。 菅家さんは最高裁に上告しますが、2000年7月に上告棄却が決定しました。これにより無期懲役が確定したのです。

2002年に再審請求

2002年12月、菅家さんは弁護団と共に宇都宮地裁に再審請求を申し立てました。しかし宇都宮地裁は、2008年2月に菅家さんの再審請求を棄却します。 そのため菅家さんと弁護団は、東京高裁に即時抗告しました。そして2008年12月、東京高裁はDNAの再鑑定を決定します。 2009年2月、検察と弁護団双方が推薦した2名の鑑定人によりDNAの再鑑定が始まりました。その結果「犯人と菅家さんのDNAが不一致である」ことが明らかとなり、同年5月に東京高裁に鑑定書が提出されます。そして2009年6月、ようやく東京高裁によって再審開始が決定しました。