1分でわかる金嬉老事件

金嬉老事件は銃を持った殺人犯が籠城先の旅館で記者会見を行うなど、日本で初めての劇場型犯罪事件です。 在日韓国人の犯人が警察の差別発言を糾弾する事で、殺人事件が民族問題へと発展します。マスコミによって凶悪殺人犯が民族差別と闘う英雄になっていきます。過熱報道は国民の関心を引き、事件を題材にした映画やドラマも数多く作られました。

金嬉老事件の真相

  • 旅館を舞台にした劇場型犯罪事件
  • 殺人事件は民族問題に移り変わる
  • 犯人をモデルにしたドラマや映画も多数できる

金嬉老事件の概要

1968年2月20日に殺人犯が静岡県の寸又峡(すまたきょう)温泉にあった「ふじみや旅館」で起こした監禁籠城事件の事です。 犯人は、人質解放の条件に警察による在日韓国人への差別発言の謝罪を要求します。手出しできない警察を横目にマスコミを呼んで記者会見をする犯人は「コリアンの英雄」に祭り上げられました。この事件の経緯を説明します。

暴力団と金銭トラブルに陥り暴力団組員2名をライフルで殺害

犯人の名前は在日韓国人2世の金嬉老(キンキロウ)当時39歳です。 1968年2月20日、手形トラブルが原因で借金の返済を求めれていた金嬉老は静岡県清水市(現・静岡市清水区)の歓楽街にあるクラブ「みんくす」で暴力団員2名(1人は未成年)と面会します。 借金返済の口論が続き金は一旦その場を離れますが、再び現れた時には持ってきたライフル銃を乱射して2人を殺しました。店を出た金は、止めていた乗用車で逃亡します。

その後ふじみや旅館に立て篭もり従業員と客を人質にとった

警察の検問も逃亡する金を見つけられませんでしたが、2月21日0時20分頃に金は清水署に連絡を入れます。金自身がその居場所を警察に伝えています。 静岡県にある寸又峡(すまたきょう)温泉の「ふじみや旅館」に押し入った金は、宿泊客と従業員13人を人質にして立て籠もります。金は人質に対して、自分や同胞が朝鮮人としてどれほどの差別を受け苦しんだかを話し、危害を加えない事を約束しています。