1分でわかる黒い霧事件

(画像:Unsplash

「黒い霧事件」とはプロ野球の試合による八百長事件のことです。今から約50年前に起った事件で、西鉄ライオンズに所属していた永易将之(投手が暴力団と野球賭博をしたとして球団から解雇にされた事件です。 しかし、永易将之投手の失踪により、八百長試合を各社が報道し、事件は社会問題へと発展します。 そして、警察の捜査により永易将之投手だけにとどまらず、多くのプロ野球選手が永久追放と出場停止などの処分を受けることになります。

黒い霧事件の概要

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八百長試合と思われたのですが、確かな証拠がなく、事件へと発展はしませんでした。 そんな中一人の選手が八百長試合を拒否して、プロ野球機構に連絡をしました。それをきっかけにしてある新聞が、八百長試合の証拠を掴むための調査をします。 調査により西鉄ライオンズの永易将之投手と暴力団とで公式戦で相手チームにわざと負けるように投げていた事が発覚しました。事件の概要について説明します。

当時の球界では暴力団関係の八百長が横行していた

1969年代はプロ野球の試合の勝ち負けで金銭をやり取りする野球賭博、つまり八百長試合が多くありました。当時はプロ野球試合のチケットの売り買いに暴力団が関係していたため、プロ野球と暴力団は深い関わりを持っていました。 そんな関係からプロ野球選手と暴力団が直接的な交流を持つようになり、試合でわざと負ける八百長試合を依頼されることも多くありました。その典型的な八百長試合が「黒い霧事件」です。

西鉄ライオンズの永易将之が首謀として疑われる

当時のプロ野球界は八百長試合が横行していました。特に、西鉄ライオンズは暴力団から多くの八百長試合を依頼され、その依頼をほとんど受けるといった悪質な球団でした。 しかし、暴力団から八百長試合を依頼されても、断る選手がいました。 また、依頼を断るだけではなく、プロ野球界に実態を通報する選手もいました。選手の通報により、プロ野球の試合、特に西鉄の試合は疑惑が持たれるようになります。そんな中西鉄の永易将之投手が八百長試合の中心人物として疑われることになります。