1分でわかる勝谷誠彦氏

勝谷誠彦氏とは

  • 1960年兵庫県尼崎市生まれのコラムニスト
  • 取材や執筆の傍ら、講演活動やメディア出演で注目を集める
  • 肝臓の疾患により、2018年11月に57歳で死亡

勝谷誠彦氏はフリーのコラムニストで、豊富な知識と地道な取材によって裏付けされる鋭い発言が人気の人物でした。記者時代に担当した「女子高生コンクリート詰め殺人事件」の未成年加害者の実名・顔写真報道に踏み切った人物であることでも知られています。 歯に衣着せぬ物言いが人気を集め、数々のテレビ番組でもコメンテーターとして活躍していましたが、アルコール依存が原因で肝臓を病み、重症アルコール性肝炎にて57歳の若さでこの世を去りました。

勝谷誠彦氏の経歴

(画像:Unsplash

鋭い視点と語り口で世相を斬る姿が人気を集め、数多くのテレビ番組にも出演していた勝谷誠彦氏ですが、激務のせいでストレスが大きかったといわれています。 勝谷誠彦氏をアルコール依存に走らせてしまった原因とは何だったのでしょうか。勝谷誠彦氏の経歴を詳しく解説していきます。

早稲田大学を卒業後週刊誌で働く

勝谷誠彦氏は1960年に兵庫県尼崎市で生まれました。早稲田大学第一文学部を卒業したのち株式会社電通に入社しましたが、数カ月で退職しています。 その後株式会社文藝春秋に入社し、記者として活躍しています。週刊文春の記者の頃に、当時大きな話題となった「女子高生コンクリート詰め殺人事件」を担当し、未成年加害者の実名と顔写真を掲載したことで議論を呼びました。 35歳で文藝春秋を退社し、フリーのコラムニストに転身しました。

コラムニストとして活躍する傍ニュース番組やワイドショーにも出演

コラムニストとして独立後は取材や執筆活動を行う傍ら、講演活動を行ったり、コメンテーターとして数々のテレビ番組に出演し人気を集めました。 よしもとクリエイティブ・エージェンシーとマネジメント契約を結び、東京や大阪のテレビ局やラジオ局で多くのレギュラー番組を担当していました。当時は日本各地を飛び回って非常に多忙な日々を送っていたといわれています。 2017年には兵庫県知事選挙に立候補を表明しています。教育や観光振興に力を入れていく意向を持っていましたが、落選しました。