過去に薬物や脅迫事件や暴行事件

植松聖は神奈川県立津久井やまゆり園に勤務する以前から、問題行動がみられていました。 入学した私立八王子実践高等学校で同級生を殴り、転校を余儀なくされました。また帝京大学在籍時には、大麻などの薬物に手を染めています。 さらに大学卒業後は、右翼関係者との交流も深めていました。

やまゆり園を退職後精神病院に入院

植松聖は2016年2月19日付けで、神奈川県立津久井やまゆり園を退職しました。その背景には同月14日に植松が、当時衆議院議長を務めていた大島理森氏宛に手紙を出したことがあります。 その手紙には、津久井やまゆり園並びに厚木市内にある障害者施設襲撃の犯行予告が書かれていました。 事態を重く見た津久井やまゆり園の職員は、津久井署に植松が危険人物であると報告しました。その結果、植松は相模原市によって精神病院に緊急措置入院させられることになります。しかし、同年3月2日には担当医師が植松聖を退院させています。

植松聖の犯行の動機は「安楽死」

「相模原障害者施設殺傷事件」が起こる前の2016年2月18日に、植松聖は同僚に対し「重度障害者は安楽死させるべきだ」という持論を語っています。その話は上司にも伝わり、「ナチス・ドイツと同じ考え方だ」と批判されていました。 そして犯行後の取り調べの中で植松は、「障害者の安楽死を国が認めないから自分がやった」と話します。ここで植松の犯行動機が、障害者の安楽死だったと認識されました。

相模原障害者施設殺傷事件の裁判

(画像:Unsplash

「相模原障害者施設殺傷事件」は、横浜地方裁判所によって裁判員裁判で審理されることが決まっています。しかし被害者数が多く証拠品も大量にあることから公判前手続が長引いており、2017年2月に起訴されたにも関わらず裁判は2020年1月8日となりました。