NPB入りを目指し続けた野球人生から、2度の"転職" ー谷田成吾ー

皆さんはじめまして。2020年12月にプロ野球独立リーグチーム(四国アイランドリーグplus)の球団代表に就任した徳島インディゴソックス球団代表の谷田成吾です。

昨年12月に徳島インディゴソックス の球団代表に就任し、早くも10ヶ月が経ちました。その中で、自分自身がどのようなことにチャレンジしてきたのか、本連載を通じて皆様にお伝えすることで、自分自身も改めて経験を整理し、血肉としていきたいと考えています。 私自身も選手としてプレーをした、野球の独立リーグ球団 徳島インディゴソックの球団代表として、どのような取り組みをしているのか。コロナ禍でのスポーツチームの変化や地方創生についてなど、毎回ひとつキーワードを決めて、執筆を進めていきます。 今回のテーマは「転職」です。今回は、自己紹介も兼ねて、引退後のIT企業勤務と昨年12月の球団代表就任という二度の「転職」の意思決定を振り返っていきたいと思います。

一度目の転職 〜六本木のIT企業へ〜

私は社会人野球選手や独立リーガーを経て、野球引退後は六本木にある株式会社ショーケースというIT企業に就職しました。そこではWEBマーケティングのコンサルティングや、自社開発したASP*サービスの営業などをしていました。WEBやアプリ上での広告集客や、ECサイトの販売促進、ネット上での本人確認システムなど、オンラインマーケティングにおける幅広い分野に関わらせていただき、多くの事を学ばせていただきました。 現職でもオンラインでの施策に力を入れていますが、ITの基礎知識はとても役に立っています。また、営業としての基礎を身につけさせたいただいたのも前職でした。 ※ASP:アプリケーションソフト等のサービスをネットワーク経由で提供するプロバイダのこと。

野球選手時代からの判断基準「一番成長できるところへ」

野球選手を引退後、いくつかの企業から「うちの会社に来て欲しい」というオファーをいただいていました。その中で、最初の就職先を選ぶ基準としていたのは『最速で一番成長できそうなところはどこか』という点です。 アメリカ挑戦時にENEOSを退職した時点で、野球以外の選択肢としては【起業】というのが頭にありました。大企業を退職するというリスクを取った時点で、これから先もリスクを取り続けなければならないという覚悟はありました。(現在はリスクですらないという感覚に変わってはいます。) そして、「起業する」ということは「ビジネスの世界でガチンコストリートファイトをする」と捉えていたので、まずはチャンレンジをしながら自分の地力を高める必要があると考えていました。

二度目の転職 〜古巣の球団代表に就任

「球団の存続のために一緒に取り組んでくれないか。」 昨年8月、都内の喫茶店で、球団オーナーにお話をいただきました。 今まで球団オーナーとは、球団や日本の独立リーグがどうすれば良くなるのかを議論を重ねていました。「二度目の転職」に当てはまる、今回の徳島インディゴソックス球団代表就任は、自分が特殊な経歴を歩んできたからこそ、飛び込んできたチャレンジの機会でした。 『最速で一番成長できる選択肢』であり、『自分しかチャレンジできない選択肢』であること。 大学の同級生達の中でも、視座を高く、思考を深く取り組んでいた人たちが、大企業で大きなプロジェクトを任せられたり、すでに起業して経営者として活躍したりと、結果を出し始めている時期でした。 周囲の人達から刺激を受けていた最中、「徳島インディゴソックスの球団代表として、球団の改革に挑む」という貴重な機会は、彼らに近づくチャンスだと捉えました。