搭乗していた71名全員が死亡した

衝突された側のバシキール航空2937便には乗員9名・乗客60名、計69名が搭乗していました。そしてその多くがバシコルトスタンの首都・ウファで暮らす、小中学生だったのです。選抜試験に合格し、スペイン旅行に招待された子どもたちが搭乗していました。 一方のDHL611便には、操縦士が2名乗り込んでいました。2機の乗員・乗客すべてである71名が、この空中衝突事故によって命を落としたのです。

ユーバーリンゲン空中衝突事故の原因

(画像:Unsplash

この事故の背景にはスイスの航空管制システムの問題があります。航空機の衝突防止装置と、航空管制のどちらを優先すべきかという国際基準が曖昧だったことも原因の1つです。 ここでは「ユーバーリンゲン空中衝突事故」の原因について、詳述します。

元々両機はコリジョンコースにいた

事故当日、チャーター便だったバシキール航空2937便はスペインのバルセロナに向けて出発します。そして事故が起こった時には36,000フィートの高度で飛行を続けていました。 一方の定期貨物便であるDHL611便はベルギーに向かうため、イタリアから出発していました。飛行高度が決まっていなかったため、操縦士が航空管制室に36,000フィートまでフライトレベルを上げたいとの希望と伝えます。 その後航空担当区域がスイスに変更され、DHL611便にはフライトレベルを上げる許可が下りました。しかしこの許可により2機は、そのまま進むと衝突してしまうコリンジョコースに入ることになります。

管制官による指示ミス

2002年7月1日23時34分42秒には2937便のコクピットで、衝突防止装置の「接近」「上昇せよ」という警告音が鳴り響きました。そして遅れること14秒後に、DHL611便でもTACSが「接近」「降下せよ」という警告を発していたのです。 航空管制官が2機が接近していることに気づいたのは、衝突のわずか43秒前でした。そして23時34分49秒に2937便に対し、「1,000フィート降下せよ」という指示をします。これにより、2機はコリジョンコース(衝突が想定されるコース)を飛行し続けることになったのです。