ユーバーリンゲン空中衝突事故の全貌!スカイガイド社の管制体制に問題があった?

経済

2019年10月30日

ユーバーリンゲン空中衝突事故は、2002年に起きた空中での飛行機衝突事故です。搭乗していた乗客・乗務員全員が死亡する悲惨な結果となりました。今回ビズキャリonlineではユーバーリンゲン空中衝突事故の経緯や原因、その後事故が与えた影響について解説します。

1分でわかるユーバーリンゲン空中衝突事故

ユーバーリンゲン空中衝突事故

  • 2002年7月にドイツとスイスの国境で2機の航空機が空中衝突
  • この事故により両機に搭乗していた71名の乗員乗客71名が全員死亡
  • 原因はスイスの航空管制機関のシステムエラーで、後に責任者4名が有罪に

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ユーバーリンゲン空中衝突事故の概要

「ユーバーリンゲン空中衝突事故」は、2002年7月1日に発生しました。21時35分というそれほど遅くない時間帯にも関わらず、航空機2機が上空34,890フィートで衝突したのです。 航空機を運航するにあたり、世界共通のルールが設けられています。航空機同士の衝突を避けるため、同じ高度で飛行させることは避けるのが原則です。しかしこの事故では、そうした原則が守られませんでした。 ここでは「ユーバーリンゲン空中衝突事故」の経緯を含めた概要について、詳述します。

2002年に起きたバシキール航空とDHLの飛行機空中衝突事故

「ユーバーリンゲン空中衝突事故」は、2002年7月1日21時35分に発生しました。スペインのバルセロナに向けてバシコルトスタン共和国ウファから飛び立ったバシキール航空2937便と、ベルギーのブリュッセルに向けてバーレーンを発ったDHL611便が空中で正面衝突したのです。 この事故の背景にはスイスにおける航空管制システムの問題と、航空機に搭載されている「TCAS」という防止装置と香薫管制のどちらを優先する科の国際基準が曖昧だったことがあげられます。詳しくは後述します。

DHLの垂直尾翼がバシキール航空機の中腹に衝突

2002年7月1日23時35分、ドイツ南部にあるユーバーリンゲンの上空34,890フィートで2機が衝突しました。バシキール航空2937便の胴体を、DHL611便の垂直尾翼が分断する形でぶつかったのです。 この事故により2937便は、空中分解して墜落しました。一方の611便は垂直尾翼の80%が失われ、操縦不能に陥ります。それでも飛行を続けたものの2分後に、事故があった上空から7㎞先にあった森林に墜落しました。

搭乗していた71名全員が死亡した

バシキール航空2937便には乗員9名・乗客60名、計69名が搭乗していました。そしてその多くがバシコルトスタンの首都・ウファで暮らす、小中学生だったのです。選抜試験に合格し、スペイン旅行に招待された子どもたちが搭乗していたからです。 一方のDHL611便には、操縦士が2名乗り込んでいました。2機の乗員・乗客すべてである71名が、「ユーバーリンゲン空中衝突事故」によって命を落としたのです。

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