天六ガス爆発事故の概要

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「天六ガス爆発事故」は1970年4月8日に大阪市で発生した人災事故です。この事故で79名が死亡、重軽傷を負った人々は420名にも上り、戦後日本で発生したガス爆発事故としては最大級のものとなりました。 天六ガス爆発事故の概要について解説します。

1970年に大阪で起きたガス爆発事故

天六ガス爆発事故は1970年4月8日夕刻に大阪市北区で発生しています。事故現場は谷町線天神橋筋六丁目駅付近です。 当時大阪市では大阪万博を機に交通網の整備が急ピッチで行われていました。とりわけ地下鉄線路の整備・拡大は、中馬馨大阪市長の肝いりで進めていました。 その結果5年間で6線路33kmもの地下鉄線路が整備を終えていました。したがって事故現場は、周辺地域への線路延長工事を行っていた工事現場だったのです。

死者79名、負傷者420名を出す大惨事

天六ガス爆発事故は死者79名、負傷者420名にも上る大惨事となりました。また、その大半が爆風で吹き飛ばされたことによる全身打撲です。 事故直後の現場では炎に包まれる中クレーン車で遺体が運ばれるなど、凄惨な光景が広がりました。なお、負傷者は大阪市北区にある北野病院のほか市内にある25箇所の病院に収容され手当てがなされたのです。 また家屋の被害も甚大であり、半焼26戸、損壊336戸に加え、爆風による比較的軽微な被害は1,000戸を超えました。