グリコ・森永事件の真犯人は誰?事件の詳細や犯人の様々な説を紹介します!

経済

2019年9月10日

グリコ・森永事件は無差別殺人をほのめかして企業を脅迫するといった前代未聞の脅迫事件です。昭和史に残る未解決事件ですが、その真相は謎に包まれたままです。今回ビジキャリではこの「グリコ・森永事件」の詳細な事件経緯を辿るとともに、可能な範囲で犯人像にも迫ります。

グリコ・森永事件とはグリコや森永などの食品企業が脅迫された事件

昭和に発生した事件を語る上で忘れてはならないのが、昭和58年~59年にかけて日本中を震撼させた「グリコ・森永事件」です。 昭和58年3月に江崎グリコ社長が誘拐されたのを発端として、森永製菓など4社に対する強迫行為のほか、翌年5月~9月にかけて東京・愛知で青酸入り菓子が小売店で発見されました。 まさに昭和史に残る脅迫事件である、グリコ・森永事件の詳細や犯人像を検証することで事件の真相に迫ってみました。

グリコ・森永事件の江崎グリコに対する事件

グリコ・森永事件は、江崎勝久社長(当時)が誘拐されたことから始まります。そのほかにもグリコの商品に青酸ソーダを混ぜ入れるといった脅迫状が送られてきたり、社屋への放火騒ぎが発生したばかりか、多くの食品関連会社にも拡大し、日本全国を震撼させます。 まずは、グリコ・森永事件の発端である、江崎グリコに対する事件の詳細について紹介します。

江崎グリコの社長が誘拐される

江崎グリコ社長、江口勝久氏の誘拐事件は昭和58年3月18日に発生します。 午後9時頃、自宅で長男らと入浴中だった江碕勝久氏を3人組の犯行グループが拉致します。翌19日1時に犯人グループから電話にて連絡された指定された場所に駆けつけると、身代金として現金10億円、金塊100kgを要求する脅迫状がありました。 誘拐事件の身代金としては類を見ない、運搬に困難な要求に疑問視する声もありましたが、これらを用意して犯人グループからの連絡を待ち続けました。

江崎グリコの社長は自力で逃げ出した

犯人グループからの連絡を待ち続ける中、事件から3日後の3月21日になって急展開が訪れます。 大阪貨物ターミナル駅構内において江崎氏が発見され、国鉄職員から通報を受けた茨城警察署によって保護されたのです。江崎氏によると、大阪府摂津市を流れる安威川沿いの治水組合水防倉庫に拉致されたものの、自力で脱出し大阪貨物ターミナル駅に辿り着いたのだそうです。 これは、前代未聞の予測しない事態に世間は騒然としましたが、これから始まる一連の事件の序章に過ぎませんでした。

江崎グリコの社長宛に6000万円を請求する脅迫状が届く

江崎社長が保護されてから間もない4月2日、今度は江崎社長宅に現金6,000万円が要求され、脅迫状には塩酸も同封されており暗に無差別殺人を示唆するものでした。 江崎グリコ側は要求どおり現金6,000万円を準備し4月8日に指定場所に駆けつけるも、警察当局の張り込みに勘付いたか犯人グループは現れないどころか、毎日新聞及びサンケイ新聞の大阪支社に犯行声明となる手紙が届きます。 手紙は無記名でしたが、封筒の差出人は江崎社長名を記入するなど、大胆不敵な「挑戦状」といえるものでした。

江崎グリコの本社などが放火される

脅迫状が届いた4月2日から約1週間後の4月10日午後8時50分頃、江崎グリコ本社・工務部試作室が放火される事件が発生し、工務部工作室及び軒続きの作業員更衣室が全焼しますが幸い怪我人はありませんでした。 さらに、30分後の午後9時20分には、先の放火現場から約3km離れたグリコ栄養食品では、車庫に駐車してあったライトバンから出火しました。 両方の放火騒ぎは、ガソリンを使ったものと思われ、出火直後には帽子を被った男性が現場から立ち去るのが目撃されています。

犯人は「かい人21面相」と名乗る

4月23日になると江崎グリコに、前回の倍額となる1億2,000万円を要求する脅迫状が到着します。 翌24日受け渡し場所であるレストランに赴くものの、高速サービスエリア、電話ボックスと受け渡し場所を転々と変更するだけで、結局、犯人グループは現れませんでした。 そして、同日、毎日新聞及びサンケイ新聞大阪本社に2回目の「挑戦状」が届いており、ここからは「かい人21面相」を名乗り始めるようになります。

江崎グリコ製品に青酸を入れ流通させるという脅迫状が届く

江崎グリコ社長の誘拐事件に端を発した、かい人21面相の犯行は報道各社に「挑戦状」を送り付けることで、大きな注目を集めました。 そして5月10日には、これまでの毎日新聞、サンケイ新聞に加え朝日新聞、読売新聞の4社に「グリコの商品に青酸ソーダを入れた」「グリコを食べて墓場へ行こう」といった内容の挑戦状が届きます。 この挑戦状によって、全国の大手スーパーマーケットなどの小売店では、グリコ製品の撤去を余儀なくされ、日本全国の国民が第三者から当事者になってしまいました。

その後も江崎グリコに対する脅迫は続く

「かいじん21面相」の江崎グリコに対する脅迫は続き、6月2日に摂津市内のレストラン駐車場に3憶円を乗せた車を停車するよう指示がありました。 今回は実際に男が現れ警察当局に身柄が拘束されましたが、この男は犯人グループに人質を取られ、やむなく車に乗り込み指定場所に向かったのでした。 6月26日になるとかい人21面相は報道各社に対して、「江崎グリコを許す」といった内容の手紙を送り付け、一連の騒動にピリオドが打たれます。

グリコ・森永事件の丸大食品に対する事件

「かいじん21面相」による、江崎グリコに対する誘拐、放火、脅迫事件は、一方的な終息宣言でピリオドが打たれましたが、丸大食品を舞台に新たな展開が始まります。 しかし、当時は事件のことが伏せられており、後になって発表されました。それでは、一連のグリコ・森永事件の丸大食品に対する事件について、その内容や経緯を紹介します。

丸大食品に対する脅迫状が届く

江崎グリコに対する「終結宣言」が届く4日前の6月22日には、丸大食品本社に「グリコと同じ目に遭いたくなかったら5千万円用意しろ」といった内容の脅迫状が到着します。 そして、同月28日には女性の声による電話がかかり、現金の受渡しが国鉄高槻駅から京都駅間で行うと指示されますが、またもや肩透かしとなりました。 さらに、7月にも脅迫状が到着し、同月6日に指定場所に向かうも、散々場所を変更された挙句、犯人グループは現れませんでした。

子供の声の録音で脅迫が届く

「かいじん21面相」による丸大食品に対する一連の事件において、犯人グループにつながると思われる注目すべき手掛かりの一つが電話の声です。 6月28日においては女性、7月6日に至っては子供の声で電話がかかってきたことで、犯人グループは「家族」ではないかとの憶測が飛び交うようになったのです。 しかし、犯人グループに女性や子供が巻き込まれていることは間違いないものの、それ以上、犯人グループつながる手がかりや証拠は発覚できず、残念ながら現在も謎のままです。「

犯人の特徴はキツネ目の男

そして、もう一つの手がかりは、グリコ・森永事件の最重要キーパーソンである「キツネ目の男」の存在です。 キツネ目の男は、6月28日の現金を引き渡す際、要所要所で現場の様子をうかがっていた人物であり、全国に似顔絵が公開されたことでも有名です。 警察当局もキツネ目の男の存在には気づいていましたが、捜査方針では「現金を引き渡す現場で犯人を押さえる」となっていましたから、身柄を拘束するには至りませんでした。

グリコ・森永事件の森永製菓に対する事件

江崎グリコ及び丸大食品に脅迫などを繰り返していた犯人グループは、いよいよターゲットを森永製菓に変更します。 森永事件では青酸ソーダが混入された商品が店頭で発見されたことから、これまでの脅迫事件とは性質が異なり、犯人グループが「脅し」ではなく「本気」であることが明らかとなり、さらに日本中を震撼させました。

森永製菓に子供の声での脅迫電話がかかってくる

江崎グリコ、丸大食品に対する脅迫事件が日本中の話題を集める中、9月12日には森永製菓関西本部に1憶円を要求する脅迫状が到着します。 脅迫状には、「要求が通らなければ青酸ソーダ入りの商品を店頭に置く」といった内容が記されており、捜査本部は騒然としました。 さらに、18日には子供の声で受渡し場所を指定する脅迫電話がかかってきたため、指定された場所に現金を置きましたが、またも肩透かしを食わされる結果となったのです。

青酸ソーダの入った森永製菓の製品が発見される

犯人グループへの現金の受渡しが不発に終わった後、事態は急展開を迎え、10月7日~13日の間に青酸ソーダ入りの商品が愛知県、大阪府、京都府、兵庫県の小売店に合計13個置かれていました。 さらに10月25日にはNHK大阪放送局に青酸ソーダの錠剤が到着し、日本中を巻き込んだ前代未聞の事件に発展します。 しかし、捜査本部の必死の捜査にも関わらず、犯人グループにつながる有力な手掛かりはつかめないまま時間だけが過ぎていきました。

グリコ・森永事件ではハウス食品、不二家、駿河屋も脅迫された

江崎グリコ、丸大食品、森永製菓と食品会社をターゲットとした脅迫事件は、さらに飛び火してハウス食品、不二家、駿河屋も被害に遭っています。 昭和58年11月にハウス食品、不二家は同年12月、駿河屋は昭和59年2月にそれぞれ脅迫状が到着しましたが、現金は犯人グループには渡っていません。 特に、ハウス食品への脅迫事件において、現場付近で3回にわたりキツネ目の男が目撃されるものの、現場の刑事には職務質問などに制限がかけられていたため拘束できませんでした。

グリコ・森永事件の犯人や動機の様々な説

グリコ・森永事件では幸いにも1名の犠牲者もなく、現金の受渡しも不発に終わり、昭和59年8月12日にはかい人21面相から終結宣言がなされました。 しかし、日本中を震撼させたグリコ・森永事件には犯人グループに女性や子供が関わっていることなどから、終結宣言後も犯人像や動機について、様々な憶測が流れています。

株価操作により利益を得ることが目的だった説

グリコ・森永事件における犯人グループの動機について、最初から現金を得ることが目的ではなく、株価操作によって大きな利益を得ることだとする説が根強く残っています。 実際、グリコ株は昭和58年1月には745円でしたが、事件の最中である5月には598円に根を下げており、1985年8月に終結宣言がなされると株価は徐々に値を上げています。 こうした株の動きを利用すれば、現金受渡しのリスクを負うことなく巨額の儲けを出すことも十分に可能です。

犯人は宮崎学である説

宮崎学氏は京都市出身の評論家、小説家、ノンフィクションライターですが、1970年には「週間現代」において株式を担当するフリー記者となります。 また、マスメディアを利用して警察当局と敵対したり、アウトロー人脈とのつながりが指摘されるなど、非常に破天荒な生き方をする作家としても知られています。 さらに、ルックスがキツネ目の男によく似ていることもあり、捜査当局は任意に聴取を行っていますが、キツネ目の男が目撃された日には、都内の音楽大学の労組会議に出席しており、身柄拘束には至っていません。

犯人は被差別部落である説

犯人グループの中に「被差別部落関係者がいるのではないか」といった説も事件当初から囁かれていました。 その根拠としては、9月18日に電話でかかってきた子供の脅迫テープを詳細に分析すると、革製品にのみ使われる特殊なミシンの音が入っていたことなどがあげられます。 また、宮崎学氏は被差別部落に対する捜査に対して部落開放同盟から強い抗議があり、断念せざるを得なかったとしていますが、真相は定かではありません。

グリコ・森永事件は時効となった

日本全国を震撼させたグリコ・森永事件ですが、昭和59年8月12日の終息宣言を最後に、「かい人21面相」は我々の前に姿を見せることがありませんでした。 そして、平成6年には江崎グリコ社長誘拐事件が、平成14年2月には東京・愛知で青酸入り菓子がばら撒かれた殺人未遂事件などが公訴時効となりました。 こうして、グリコ・森永事件は幕を閉じますが、捜査に関わった捜査員は約130万1千人、捜査対象者は約12万5千人にも上ります。

グリコ・森永事件をモデルとした映画が作成される

グリコ・森永事件は、日本中に大きなインパクトを残した事件であったため、小説のモチーフとなることも多く、映画化されたものもあります。 代表的な作品では、高村薫氏の小説を映画化し、渡哲也氏、吉川晃司氏の出演で話題となった「レディー・ジョーカー」があります。 また、令和2年に公開が予定されている、塩田武士氏の小説「罪の声」は小栗旬氏と星野源氏が出演することで話題を呼んでおり、どこまで事件の真相に迫っているかに注目が集まっています。

まとめ

江崎グリコ社長の誘拐事件に端を発した「グリコ・森永事件」は、昭和史に残る未解決事件であり、犯人像や動機も特定されないまま、その真相は未だ闇の中にあります。 無差別に青酸入りの食品をばら撒くといった、脅迫事件は後の犯罪にも大きな影響を及ぼすことになりました。今後このような犯罪を発生させないためにも、私たちはこの事件を忘れてはなりません。


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