グリコ・森永事件とはグリコや森永などの食品企業が脅迫された事件

1分でわかるグリコ・森永事件

  • 江崎グリコ社長が誘拐され、脅迫が始まる
  • 製品への青酸ソーダ混入事件などが起きる
  • 犯人や明確な犯行動機は不明

昭和に発生した事件を語る上で忘れてはならないのが、昭和58年~59年にかけて日本中を震撼させた「グリコ・森永事件」です。 昭和58年3月に江崎グリコ社長が誘拐されたのを発端として、森永製菓など4社に対する強迫行為のほか、翌年5月~9月にかけて東京・愛知で青酸入り菓子が小売店で発見されました。 まさに昭和史に残る脅迫事件である、グリコ・森永事件の詳細や犯人像を検証することで事件の真相に迫ってみました。

グリコ・森永事件の江崎グリコに対する脅迫

グリコ・森永事件は、江崎勝久社長(当時)が誘拐されたことから始まります。そのほかにもグリコの商品に青酸ソーダを混ぜ入れるといった脅迫状が送られてきたり、社屋への放火騒ぎが発生したばかりか、多くの食品関連会社にも拡大し、日本全国を震撼させます。 まずは、グリコ・森永事件の発端である、江崎グリコに対する事件の詳細について紹介します。

江崎グリコの社長が誘拐される

江崎グリコ社長、江口勝久氏の誘拐事件は昭和58年3月18日に発生します。 午後9時頃、自宅で長男らと入浴中だった江碕勝久氏を3人組の犯行グループが拉致します。翌19日1時に犯人グループから電話にて連絡された指定された場所に駆けつけると、身代金として現金10億円、金塊100kgを要求する脅迫状がありました。 誘拐事件の身代金としては類を見ない、運搬に困難な要求に疑問視する声もありましたが、これらを用意して犯人グループからの連絡を待ち続けました。

江崎グリコの社長は自力で逃げ出した

犯人グループからの連絡を待ち続ける中、事件から3日後の3月21日になって急展開が訪れます。 大阪貨物ターミナル駅構内において江崎氏が発見され、国鉄職員から通報を受けた茨城警察署によって保護されたのです。江崎氏によると、大阪府摂津市を流れる安威川沿いの治水組合水防倉庫に拉致されたものの、自力で脱出し大阪貨物ターミナル駅に辿り着いたのだそうです。 これは、前代未聞の予測しない事態に世間は騒然としましたが、これから始まる一連の事件の序章に過ぎませんでした。