JR福知山線脱線事故の詳細・原因・被害者・マンションの現在に関して解説します。

経済

2019年3月31日

2005年4月25日に起きたJR史上最悪の脱線事故となったJR福知山線脱線事故を覚えているでしょうか?当時は連日ニュースとなり世間を震撼させましたが、今回ビジキャリでは事件の詳細や原因から現在の事故現場の状況などを解説します。また世間で流れている噂の真相にも迫ります。

JR福知山線脱線事故とは

4月が来るたびに話題になる、悲しい事故があります。それがJR福知山脱線事故です。2005年4月25日に発生し、多くの死者・重軽傷者が出る大惨事となりました。 ここではJR福知山脱線事故の原因と被害状況、事故現場が今どうなっているのかなどについて解説します。

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JR福知山線脱線事故は脱線事故

戦後最悪といわれる列車事故が発生したのは2005年4月25日、場所は兵庫県尼崎市です。福知山線塚口駅と尼崎駅の間に位置するマンションに、隣接する右カーブが事故現場となりました。 7両編成だった快速列車が同日9時18分、スピードの出し過ぎにより脱線して事故を起こしました。まず1・2両目が線路から飛び出し、「エフュージョン尼崎」という名のマンションに激突します。折れ曲がった車両が駐車場まで入り込むほど、快速列車はスピードが出ていました。 続いて3・4両目も脱線し、すでにマンション外壁から駐車場まで飛び出していた1・2両目を押しつぶしてしまいます。1・2両目は原型を留めないほど大破され、多くの犠牲者が出ました。

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多くの犠牲者を出した

マンションの壁面に激突した列車は折れ曲がり、車体の一部が押しつぶされ大破しました。 この事故での死者107名の大半は、1・2両目の乗客でした。圧死者が多く出てしまったことが理由です。また生存者の多くが頸椎損傷や骨盤骨折、クラッシュ症候群などのケガを負っています。マンション居住者や近隣住民に被害が及ぶ可能性も、事故現場には十分にありました。 しかし負傷者は戦後最大級の562名に上ったものの、犠牲は乗客に限られたことは不幸中の幸いだったといえるでしょう。

JR福知山線脱線事故の原因

JR福知山線脱線事故の後、航空・鉄道事故調査委員会が調査を始めました。そして2007年6月には、鉄道事故調査報告書をまとめます。報告書に明記された事故原因と、脱線事故直後にマスコミが報道していた内容が異なっていたことを覚えている人もいるかもしれません。 ここでは報告書にまとめられたjr福知山線脱線事故の原因とともに、事故直後に流れていた説についても取り上げます。

通説では速度超過・ATSの不具合

航空・鉄道事故調査委員会が発表した事故原因は、右カーブに進入する際時速116kmで侵入し曲がり切れずに脱線したことです。運転手が快速列車のブレーキ操作を遅らせるという、ヒューマンエラーが原因でした。 また調査の過程で事故現場に設置されていた、制限速度を超過して走行中の列車を非常停止させるATS(自動列車停止装置)が最も古いタイプだったこともわかっています。そのため、超過した速度で通過した列車を自動的に停止もしくは減速させられないという不具合があったという事実も明らかになりました。

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