犯人・栗田源蔵の生い立ち

このような残虐で身勝手な犯行を起こした犯人・栗田源蔵はどのような人物だったのでしょうか。 栗田源蔵は1926年秋田県の貧しい家庭に12人兄妹の三男として生まれています。典型的な貧乏人の子だくさんでした。 当時は多くの家庭でそうでしたが、育児らしい育児をされることなく両親の十分な愛情を受けずに育ちました。

夜尿症が原因でいじめに合い、小学校中退

栗田源蔵には夜尿症がありました。夜尿症は成長とともに直るのが普通ですが、精神的なストレスや愛情不足などから長期化することもあるとされています。 彼の場合は夜尿症が一生つきまとったようです。小学校ではこれが原因でひどいいじめを受け、小学校を3年で中退しています。その後奉公に出されますが、奉公先では夜尿症に加えて窃盗も影響して何度も暇を出され奉公先を転々としています。

闇米ブローカーの中心格

時節柄栗田源蔵は19歳で弘前の軍隊に入隊しますが、ここでも夜尿症が原因で直ぐ除隊しています。戦後は北海道に渡り炭鉱夫として働き、その環境から性格や振る舞いは次第に粗暴化していきました。 やがて栗田源蔵は盗んだ米を売りさばく闇米ブローカーに味を占め、闇米以外にも様々な食料品などを手広く扱うようになり、闇米ブローカー集団の中心的な人物になっていきました。

「はやぶさの源」の由来となった数々の事件

栗田源蔵は幼少期から窃盗事件など犯罪行為を繰り返しますが、成人してその犯罪行為はエスカレートしていきました。特に性犯罪を何度も繰り返すようになり、犯罪を次々と犯すスピードが異様に早かったため「はやぶさの源」という異名がつけられました。