イラク戦争をわかりやすく解説!原因や結果なども詳しく説明します!

経済

2019年9月22日

イラク戦争はアメリカとイラクのフセイン政権が争い、イラクの指導者であるフセインが逮捕・死刑され終焉を迎えました。比較的近年に起こった戦争かつ多大な犠牲を出したため、現在も語られることが多々あります。今回はイラク戦争の始まりから終焉までを解説します。

1分でわかるイラク戦争

イラク戦争は2003年、主に「イラクが大量破壊兵器を保有している」ことを理由に、アメリカを主体とする有志連合軍が行ったイラクへの軍事介入のことを指します。 この軍事介入は同年3月に首都バグダッドで空爆を開始し、5月には当時のブッシュ米大統領が勝利宣言を出したのち当時のサダム=フセイン政権を崩壊させました。 しかし、原因とされた大量破壊兵器は見つからず、この軍事介入によりイラク国内は治安が悪化して戦闘は長引きました。イラク戦争の目的や必要性はどこにあったのか、評価が難しい戦争です。

イラク戦争の原因と経緯

大量破壊兵器の保持は、1990年に起きた湾岸戦争にまでさかのぼります。このとき、アメリカはイラクに大量破壊兵器の廃棄を義務付けました。 大量破壊兵器の廃棄が不確実な中、2001年9月11日にはアメリカで、あの同時多発テロ事件が起きます。 アメリカは「悪の枢軸」としてイラクを名指しし、「大量破壊兵器を製造し、使う恐れがある」という理由でイラクに先制攻撃をしかけたのです。

アメリカは2001年の同時多発テロ以降大量破壊兵器に対する危機管理を強める

同時多発テロでは4つの旅客機がハイジャックされました。世界貿易センタービルに旅客機が突っ込むシーンは世界に衝撃を与え、国際テロ組織の脅威が認識されるきっかけとなりました。 ブッシュ米政権は、非常事態宣言を発し、テロの首謀者ウサマ・ビンラディンらテロ組織アル・カイーダが潜伏するアフガニスタンへの侵攻を行います。 さらに2002年には国際テロ組織と「ならず者国家」と断じた悪の枢軸(イラク、イラン、北朝鮮)との戦いを「国家戦略」に位置付け、大量破壊兵器への危機管理を強めていきます。

イラクのフセイン政権が大量破壊兵器の廃棄に応じなかった

イラクが「ならず者国家」とされた理由は、湾岸戦争での停戦条件である大量破壊兵器の廃棄義務を履行してないと考えられたことにあります。 大量破壊兵器とは、核兵器や化学兵器、生物兵器のことを指しますが、イラクは湾岸戦争の際、化学兵器や生物兵器を使用したとされています。 湾岸戦争後、これら武装解除の確認を受けることになりますが、イラクは国連の査察を拒み、逆に大量破壊兵器を保持しているかのような態度をとったりしたのです。

国連の査察に対しても非協力的になった

武装解除の確認は、国際原子力機関や国連大量破壊兵器廃棄特別委員会により行われました。これらの査察により、ウラン濃縮施設やミサイル部品工場の存在が疑われたのです。 当初査察に協力的だったイラク側も、徐々に非協力的になり、国連の査察を妨害し始めます。 業を煮やしたアメリカは1998年、イラクが査察を受け入れない場合単独攻撃を行うと表明し、緊張が高まります。それでもイラクは査察に抵抗したのです。

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