稲田朋美は様々な不祥事の末、防衛大臣を辞任。経歴や思想に触れながら考察します。

経済

2019年11月4日

稲田朋美は安倍内閣で防衛大臣を努めていましたが、数々の問題発言と不祥事によって辞任することになりました。その独特なファッションでも話題を集めていたことも印象的です。今回ビズキャリonlineでは稲田朋美の人物像や思想、問題発言などについて紹介します。

1分でわかる稲田朋美

稲田朋美議員とは

  • 福井県出身の国会議員
  • 安倍総理大臣に気に入られていた
  • 防衛大臣に就任するも不祥事の末辞任

稲田朋美議員は2005年から5期連続で衆議院議員を務めている福井県出身の国会議員です。地元福井の「メガネ」と「網タイツ」を愛用することでも知られています。 安倍総理の秘蔵っ子として2016年には防衛大臣にもなりました。しかし、森友問題への関与や南スーダンPKOにおける日報隠ぺい問題など、さまざまな不祥事の末に辞任しました。

稲田朋美の生い立ちと経歴

稲田朋美といえば2005年の衆議院議員選挙において初当選以来、5期連続で当選を果たす自民党の中堅議員であり防衛大臣も務めています。 安倍総理大臣にスカウトされて政治の世界に入った稲田氏ですが、さまざまな不祥事を引き起こしたことでも知られているのです。そんな稲田氏のルーツを探るべく生い立ちや経歴について解説します。

早稲田大学を卒業後弁護士となる

稲田朋美氏は1959年に福井県今立町(現在の越前市)に生まれます。父親の椿原泰夫氏は「頑張れ日本!全国行動委員会」の活動で知られる政治運動家です。 政治家になることなど考えていなかった稲田氏は京都府の高校を卒業後、早稲田大学法学部で学びますが女性の就職先があまりにも少ないことに気付きます。 そこで、稲田氏は司法試験を受験することを決意し、1日のうち16時間を試験勉強に費やしました。結果、大学卒業の翌年に司法試験に合格して弁護士になるのです。

政治家、そして防衛大臣へ

結婚・出産を機に弁護士事務所を退職していた稲田朋美氏でしたが、高池克彦弁護士からの依頼で南京事件における「百人斬り競争」に関する裁判に携わることになります。 このことがきっかけで、2005年に稲田議員は自民党本部で「百人斬り競争」に関する講演を行います。それを聴いていた安倍晋三幹事長代理(当時)が、稲田氏を政治家に導くことになるのです。 こうして2005年に初当選した稲田氏は安倍総理大臣の後ろ盾もあり、2012年には内閣府特命大臣に、2016年には防衛大臣に就任します。

夫と子供がいる家庭の母親でもあった

司法試験に合格した稲田氏は司法修習生を経た後、大阪弁護士会に弁護士登録を行い、約5年間弁護士事務所に勤務します。 ところが1989年に司法修習生時代の同期である稲田龍示弁護士と結婚し、子供が生まれると弁護士事務所を退職してしまうのです。 この頃の稲田氏は政治家になるなど全く考えておらず、夫と子供がいる家庭の母親として忙しい毎日でした。しかし、「産経新聞」「正論」に興味を持つなど政治に関心はあったようです。

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