ソ連は遺体やブラックボックスなどを回収し証拠隠滅を図った

こうしたソ連の非協力的な姿勢もあり、日米は半年以上の間ブラックボックスの捜査を続けなければなりませんでした。 ソ連当局はブラックボックスなどの証拠を隠滅させるために、樺太の地元住民に対して回収指示書を渡しています。 実際に地元住民はブラックボックスと同じモノを、海中から引き揚げ自宅に持ち帰っていました。更に住民たちは大韓航空機の部品の1部も回収し、自宅で保管していたことが分かっています。

大韓航空機撃墜事件のボイスレコーダーの証言

1991年12月26日にソビエト連邦の崩壊によって、回収されていたブラックボックスはICAO(国際民間航空機関)に提出され分析が行われます。 しかし機体自体が存在しないことや関係者の証言が取れないことにより完全に究明することは出来ませんでした。 確認された証拠から推察されたことは、おそらく大韓航空機007便の慣性飛行装置の故障やパイロットの単純な操縦ミスであるとされました。しかし、のちにソ連が撃墜に関する証拠を隠蔽していた事実が次々と明らかになったのです。

大韓航空機撃墜事件で領空侵犯の原因は航空機の操作ミス

ソビエト連邦の崩壊後にオープンになったブラックボックスは、ICAO(国際民間航空機関)に提出され、ICAOはフランスに分析を依頼しました。 フランス航空当局は航空機事故において高い解析技術を持っていたからです。フランスが事件の第3国であったことも解析を依頼した理由だったのでしょう。 そのフランス航空当局の技術でも真相究明は困難でした。結局パイロット達によるフューマンエラーではとし、明確な原因究明はできずに解析作業は終了します。

大韓航空機撃墜事件の犠牲者

沿岸に漂着後した遺体はいずれも原形を留めていない状態であることから、大韓航空機007便の乗員乗客269名は全員が死亡したと発表されました。 墜落現場付近である沿岸近くの水上、水中の遺体や遺品の殆どはソ連によって回収され、証拠隠滅のために焼却処分されていました。