大韓航空機撃墜事件は領空侵犯をした大韓航空機がソ連により撃墜された事件。日本人犠牲者も出た悲惨な事件を解説。

経済

2019年10月26日

航空機に関する事件は様々ありますが、中でも「大韓航空機撃墜事件」は冷戦時代特有の問題を多く抱えた事件でした。今回ビズキャリオンラインではこの「大韓航空機撃墜事件」をとりあげます。大韓航空機撃墜に至る経緯や被害者の状況を解説するとともに、類似の航空機事故も掘り下げます。

1分でわかる大韓航空機撃墜事件

冷戦時代に起きた大韓航空機撃墜事件という悲劇

  • ソ連の領空内で起きた民間航空機へのミサイル攻撃
  • 日米の連携によって追い詰められていくソ連
  • ぎりぎりで回避された第3次世界大戦・米ソの駆け引きと日本の活躍

1983年9月1日、ソ連の領空に入りこんだ大韓航空機007便が、領空侵犯を理由にソ連軍機によって撃墜されました。 ソ連は事実を否定しますが、北海道に駐屯していた自衛隊がレーダーで傍受していたテープが公開され、ソ連による撃墜と判明しました。 冷戦期の米ソ冷戦時代に起きた大韓航空機撃墜事件の全貌を詳しく見ていきましょう。

大韓航空機撃墜事件の概要

1983年9月1日にニューヨーク発アンカレッジ経由ソウル行きの大韓航空機007便は、通常の航路を外れソ連の領空を侵犯してしまいます。 当時は冷戦時代でしたから大韓航空機007便はスパイ機と判断されソ連の戦闘機に撃墜されてしまいます。一歩間違えれば第3次世界大戦になったであろう大韓航空機撃墜事件の全貌を見ていきましょう。

大韓航空の旅客機がソ連の領空侵犯

1983年9月13日午前3時(日本時間)にアンカレッジ国際空港を経由し、ソウルの金浦国際空港に向かっていた大韓航空機007便は、何故か空路をそれカムチャッカ半島北東のソ連の領空に侵入してしまいます。 本来は北太平洋空路であるロメオ20に向かうはずでしたが、大韓航空機の機長は誤差範囲と判断し航路を変えることなく航行を続けます。 最もソ連の領空に近い空路ですから慎重に航空しなくてはいけなかったのですが、機長らは雑談しながらリラックスしていました。

ソ連の度重なる警告に応じなかった

ソ連はカムチャッカ半島北東上空を飛行する大韓航空機007便を、アメリカ軍のスパイ機と判断し攻撃をしますが失敗し1度は帰投します。 次いでソ連軍機は、ロメオ20の空路から外れて航行している大韓航空機を視認しソ連軍機が警告射撃を行います。 大韓航空機007便はこれに気づかずに航行を続けますが、高度を上げ速度が落ちたことでソ連軍機は大韓航空機007便の直ぐ横まで接近しました。

ソ連の戦闘機により追撃された

ソ連軍機は「機関砲を連射する」と地上に交信してあと、警告射撃を行いますが大韓航空機007便はこれに気づかずに航空を続けます。そこでソ連軍機は大韓航空機007便の尾翼に向けミサイルを発射します。 北海道稚内駐屯所の自衛隊が無線傍受をしていたことで、大韓航空機007便が突然消息を絶ったことやソ連軍からミサイルの発射命令が出ていたことが判明します。 その後の漁船などへの聞き取りによって、同時刻ごろに爆発音や燃料の臭いがしたという証言を得たことで、ソ連軍機による大韓航空機007便撃墜が推測されるようになっていきます。

1/5

続きを読む

関連記事